音楽とセックス

6月29日 後述の件。

29日夜、幼なじみと飲んでいたとき、ふと元彼Tに会いたくなる。
このところのストレスは、もはや自分では処理できないところまできていた。会いたい、Tに会いたい。別れてから半年、別れ方自体が微妙だったし、連絡しても遮断状態の彼に、どうしても会いたくなってしまうときがある。それも我慢してきたけれど、もう限界。

「今からTに会ってくる」それは小心者のわたしにとって、驚くほど大胆な一言。
「行く前に連絡取ったほうがいいのでは?」という幼なじみに、「断られたら泣いちゃうからなんにも言わないで行く」とキケンなわたし。

23時柏駅、路線図で彼が住む街を確認。遠いな。改札で幼なじみと別れる、励まされる。
1人で乗る電車が、こんなに怖かったことはない。果たして彼は会ってくれるのだろうか、というかこれは犯罪にならないのか、ストーカー法とかに触れる?触れるな、なんてことをめぐらせる。落ち着かせるための音楽が、ぜんぜん入ってこない。乗り換えた中央線で、懐かしさがわくと同時に、心が決まる。

彼の住む街に着く。終電間近だった。彼の家に着く頃、もう終電はないだろう。断られたらどうする。慢喫でも行くか、泣くだろうな、などと考えていると、いつも彼と通った公園に出る。この公園を通らないと、彼の家には着けない。わたしはこの公園で彼に告白されて、ここでいっぱいキスして、ケンカもして、季節の移ろいが感じられるこの公園は、わたし達にたくさんの思い出を残してくれた。この日は雨上がりだったためか、湿った空気に緑の青臭さが鼻についた。もう夏だ。

交番の横の、小道に入る。彼がバイトでわたしが先に部屋へ行っているときは、「危ないから」と比較的明るいこの道を教えてくれた。

ここから先は、正直なにを考えながら歩いていたかもわからない。

彼の家から10秒の、コンビニの前まで来る。顔見知りの店員がいないことを確認しながら、小走りで通り過ぎる。

ついに到着してしまった、彼の家。部屋の灯はついていない。寝ていてほしい、外出中は、かんべん。
コツコツと、階段を上がる。ドアの前にあるギターケースを見て、また懐かしくなる。

彼のケータイに、電話をかける。ドアの向こうで、かすかに『色彩のブルース』が聴こえる。着うた、変えたんだ。
5回目の電話で、彼の声が聞こえる。半年振りのその声に半べそかきながらも、「びっくりしたらごめん、今、部屋の前にいるの。開けてくれませんか?*1」と言うと、「5分待っててな」と言われ電話が切れる。ドアの向こうでガタガタと片付けの音が聴こえる。

どんな顔をして会えばよいのかとうずくまっていたら、ドアが開くのがわかった。切なげな彼の顔に、眠いのかそれとも、と考える暇もなく抱きついた。涙があふれる。もうとまらない。「どうしたんや?」という彼の問いに、答えようとしても言葉がでてこない。我慢しようと思ってた、でも、もう無理なの、ずっと触れたかった。涙をふりしぼって「会いたかったよ」と言うと、わたしの背中に彼の手がまわる。

心臓のバクバクが落ち着いたころ、「とりあえず上がり」と言われ、いつもの「お邪魔しまあす」を言って、靴をぬぐ。

部屋が様変わりしていてびっくりする。テレビは1月に捨てたのだと言い、壁一面にかかっていた帽子は部屋の隅においやられ、代わりに『公 認 会 計 士』『5時45分起床→6時18分電車 徹底!』と書かれた紙がデカデカと貼られている。1年後の試験を、受けるのだという。この時点で押しかけたことに後悔。

彼が沖縄に行ったときお土産に買ってきてくれたペアのグラスに、飲み物を入れてくれる。彼がわたしの隣に腰掛ける。胸が痛い。「壁の紙すごいね」、とか、「ほんとは2回目の電話で気付いてた。包丁持ってないか探してまったわ」「そうだ、京都へ行こう的なノリでくんな!」などと会話する。半年会ってなかったブランクは、冗談と笑いで自然と埋まっていく。彼はどちらかと言うと聞き専門な人だったのに、半年もろくに人と会ってないんだ、よくしゃべる。

松本人志の放送室(ラジオ)を聴きながら、大笑い。

「寝るで」と言われ、どうしよう帰ろうかと考える。本当は一緒にいたいけど、彼の受験生生活を考えると、申し訳なくてそんなこと言えない。「あした朝早いけど、泊まってけ」と言われ、急にドキドキする。泊まってけってことは、え、うん、そういうことだよね、うん。

「何がいい?」と言いながら彼がBoysⅡMenをかける。

頬に触れられる、わたしはその手に触れる。どちらからキスをしたのかは、覚えていない。そう、わたしはこのキスを覚えている。ずっと触れてほしかった。

「好き」。無意識だった。わたしを組み敷いた彼と目が合う。
「結局そこなんかーい」と言う彼に、「しょうがないじゃん」と言ってみる。受験生だから恋愛なんて、って思ってるのは分かってる。「待ってるよ」と言うわたしに、「待っててもきっと幸せにはなれへんで」と言われる。きっと幸せになれない、幸せかそうじゃないかを決めるのはわたしだ。今この瞬間のわたしは、幸せだ。
お互いに核心をはぐらかしながら、求め合う。

まさに真っ最中だったとき、
「『好き』って言ってみ?」と言う彼のことばが降ってくる。
どうしよう、ずるい。ずるすぎて、もうダメだ。
「好き」「好き」「わたしのことは?どう思ってるの?」

「大事やと思ってるよ」
決して『好き』とは言わない。ずるい。でも、もういいんだ。わたしは今『都合のいい女』なんだ、利用するなら利用してくれ、わたしはそれ以上にあなたがいとおしい。


陽の光で目を覚ます。彼も目を覚ます。まどろみの中、2人で昨夜の余韻に浸る。時計は、午前11時をさしている。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。彼の予定を狂わせてしまった。平謝り。
「ええよ、今日は休憩の日にするから、一緒にいよ」
どうしよう、ずるい。

2人で椎名林檎ダフトパンクやらのムービーを観る。半年経っても、わたし達は音楽で繋がる。
シャワーをあびて、出かける準備。不意に、わたしの荷物の中にCDが入る。わたしが貸しっぱなしにしていたCDだ。ちょっと胸がチクッとする。
出かける前、アパートの入り口でキスをねだった。付き合っていたときと、同じ。

付き合ってた頃みたいに自転車を2ケツして、
付き合ってた頃みたいに公園でお昼ご飯を食べる
付き合ってた頃みたいに彼の肩でちょっとだけ寝る
付き合ってた頃みたいに手をつないで、
付き合ってた頃みたいに街を歩く
付き合ってた頃にはなかったハンジローへ行く
付き合ってた頃みたいに笑い合う

そんなことをしていたら、あっという間に19時。お別れの時間。
駅のホームまで送ってくれた彼の手に触れ、電車に乗り込む。バイバイ。


幸せの余韻は翌日も続いていたが、彼の貴重な時間を奪った罪悪感は消えなかった。
昨日はごめんね、でもありがとう的なメールを送ると、彼から返信が。

『こちらこそありがとう。もしかしたらまた頼ってしまうかもしれないけど、またそのときに。』

どこまでずるいんだ君は。そんな隙があったら、わたしいくらでも入り込んじゃうよ、それでもいいのかい!

  • 後日談

7月9日 誕生日会をやってもらった帰り道、Tに電話。わがままを言って、「おめでとう」を言ってもらった。
あの日以来連絡は取っていなかったけれど、彼の対応が柔らかくなった気がする。ずるいのはあなたなんだから!隙あらばびゅーんしてやるぜ

*1:今考えたらわたしちょうこえええええ